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着せ替え人間
第1章 着せ替え人間
 歯の間からいっちゃんの煙草臭い舌が入ってくる。
 手がシャツの中に滑り込んできて私の胸を撫でている。
 それはじきに、さっきまでいっちゃんと繋がっていた場所にまで伸びる。
 私はその手順しか知らない。

 いつの間にかスマホを再び握りしめていたいっちゃんが、シャッター音を鳴らす。
 私のおっぱいを、尻を、写す。
 顔のない私の身体を、写す。
 何枚も何枚も。
 俺と別れたらネットに流すからねと耳元に囁きながら、笑いながら、言って、何枚も顔のない写真を撮る。

 思えば、いっちゃんと出会ったとき、同じことをいっちゃんは私に言った。




「その、派手な服のせいじゃない?」



 あの日、取り壊しの決まった崩壊寸前の市営住宅の影で。
 私はしゃがみこんで泣いていた。
 金色の髪を顔に貼り付けて、泣いていた。
 痛む腕と頭と顔を庇って、丸まって、泣いていた。
 声のするほうを見上げると、目の前に学ラン姿のメガネが立っていた。
 長くて重たい前髪の隙間から、奥二重の瞼で、私を見下ろしていた。
 さっきまで私をぶん殴っていた上級生の金髪たちはいっちゃんを振り返っただけで、声も上げずにミニスカートを翻して逃げていった。



「それ、テレビで見たことある。高いんだろ。そんなアタマでさ。そんなの着てるからやられるんじゃない」


 いっちゃんは私の肩をダイジョウブかと撫でながら、ちょっとだけ笑っていた。
 だから、こんな格好ほんとはしたくない。髪だって染めたくもないのにママが染めるから。それに服はこのブランドのしか買ってくれない。と答えた私を、更に奥の、絶対に誰も来ないような朽ち果てる寸前の市営住宅の敷地内に、連れ込んだのだろう。


「可哀想だね。こういうのってすごく興奮するな。俺がしたこと、誰かに言ったら許さないよ。そうだ。おまえのママがやってるようなブログに、おまえの裸を載せるよ。誰かに、ママやパパや警察に話したりしたら、今撮った写真を、載せる。それで、みんなに見てもらおうか。わたしのからだ、髪の毛も。人形みたいでしょって。あの、ほら、女の子が1体は持ってる、あの。あの有名な着せ替え人形みたいでしょって」


 あの時、学生服のズボンを上げながらいっちゃんがスマホで撮影した写真は、泣いていたせいで、髪が乱れていたせいで、私の顔は写っていなかった。
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