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上野んちの親父が死んだ
第1章  
 彼女の顔が脳裏にちらついて、消えた。
 
 俺は上野に「一緒に逃げよう」と、精一杯の正義感を振り絞って、実際、振り絞るように小さい情けない声で、上野に言った。

 その時ドアの向こうで部下の人がもう一度「敦美、いるなら早く開けろ」と言い、そして何度も何度も苛立った音程のチャイムを鳴らした。


「おい上野、一緒に逃げんぞ!母さんに話したらなんとかなるかもしんねぇ、母さん町内会婦人部長だからさ。つうかうち共働きだからお前のおやじさんが心配したほど貧乏じゃねぇんだ!だから裏口から一緒に逃げよう、な?」


 じきに部下の人はノブをがちゃがちゃと鳴らし始めた。
 ドンドンドン、と物騒にドアを叩いたりもした。

 上野は首を横に振り、泣きながら廊下の奥を指差した。


「カッちゃんは、あっちから・・・会ったらきっと、面倒だから」


 敦美
 敦美 
 敦美 
 敦美
 敦美
 敦美・・・


 なんど、部下の人は上野の名前を呼んだだろう。

 
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