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ドアの隙間
第10章 幸せな時間
洗濯物を干し、身支度を整えて我が家を後にした。今夜の献立を考えながら職場に向かう。すっかり慣れた街の街路樹は黄色く色を変え、行き交う人の目を楽しませている。

開店して間もなく、小さなお客様がやって来た。

「あ、本の吉村さんだ」

「こんにちは」

「ねぇこれ読んで」

女の子が絵本を持ってきた。

「あら、ナナちゃんが選んでくれたの?」

「うん、ほら見て、猫の本だよ」

「あ、これ、私が大好きな本よ」

「ふ~ん、早く読んで?」

ひと月程前、何気なく開いてみたその絵本を、私は仕事を忘れて読んだ。読みやすい文章についページを捲り、最後まで手が止まらなかった。読み終えた後の深い感慨は、購入後繰り返し読んでも変わらなかった。

何度も生まれ変わり様々な人間に愛されてきた猫が、最後に本当の愛を知る物語。 私は静かにページを捲り、心を込めて読み始めた。
暫くすると、ナナちゃんの母親や他の女性が数人、そばでじっと耳を傾けていた

「あのう、その本どこにありますか?」

「あの、私も、友達にプレゼントしたいんですけど」

絵本が大人の心を動かした。むしろ子供よりも大人の心に響く本だった。

「はい、今在庫を切らしてるんですが、お取り寄せ出来ますのでこちらへどうぞ」

レジで取り寄せの手続きをしていると、事務室から店長が出てきた。

「吉村さん。ご主人の会社から電話が入ってますよ。あ、お取り寄せか、それ私がやっておくから電話に出て」

「すみませんお願いします、すぐ戻りますので」

夫が大事な書類を忘れたのか、急な出張になったのか、それとも熱でもだしたのか……。突然職場に掛かってきた電話に恐る恐る近づき、受話器を取った。

「お待たせしました、吉村です」

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