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ドアの隙間
第3章 孤独な人
順調に回復した義父は、夫が出勤した後の玄関で靴を履いていた。義母が編んだマフラーが、背の高い義父によく似合っている。

「じゃあ、いってきます。」

「いってらっしゃいお義父さん」

笑顔で見送り、私は家事を済ませてから職場へと向かった。誰もいない家に「行ってきます」と言って鍵を掛ける。それがいつもの生活になっていく。

私が義母を亡くしてから、職場では店長がやけに馴れ馴れしく近づいてくる。

「奈津美さん、家事が大変になったんじゃないの? 肩凝らない?」

「いろいろありがとうございます。もう慣れました」

なるべく関わりたくはないが、時給もよく、急な休みなどの自由がきく職場はなかなか見つからない。
4月の人事異動で店長が代わるまでは我慢するしかない。情報をくれた職場の仲間ともそう話していた。

「あの店長さ、みんなに馴れ馴れしいけど、特に奈津美さんの事気に入ってるみたいだから気をつけてね」

「やめてくださいよ、気持ち悪い」

「胸の谷間ができる女が好みなのよ」

同僚の静香がからかうように言った。

「胸? あら、静香さんの方がずっと凄いと思いますけど」

「あれよ。やっぱ若い子がいいのよ」

「4月が待ち遠しいです」

「もう少しよ」

中学生の子供がいる静香が慰めるように肩を叩いた。




夫は仕事が忙しくなったらしく、いつもより遅く帰宅しては早くベッドに入る。義父も、食事を終えると庭で煙草を燻らせ、リビングでくつろぎもせずに部屋に戻ってしまう。
私は時間を持て余し、去年仕上げられなかった編みかけのマフラーを引っ張り出してきた。不器用な私に義母が教えてくれたものだ。もう少しのところで春が近づいてきて、義母に笑われたのを思い出した。
夫が保養所に出掛ける金曜の朝には間に合いそうだ。

リビングでマフラーを編みながらうたた寝をして、気がつくと毛布が掛けられていた。義父の優しさだった。
私は、父親に優しく抱きしめてもらっているような安心感で、心が満たされていた。
木曜日の深夜、初めて編んだマフラーがようやく出来上がった。


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