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ドアの隙間
第4章 頭と心と身体
「大丈夫?」

「はい、平気です。 久しぶりにお酒を飲んで、身体がびっくりしちゃったのかな?」

気持ちは上の空だった。思えば、小さな違和感はすべて一つの答えに繋がっていく。ある日突然、しまい込んでいたロードバイクで出掛けるようになった事。帰りが遅くなり、夜はそそくさと早く寝室に入ってしまう事。保養所へ行くのを了承した時の調子良さ。そういえば、メールの着信音に慌てて部屋を出たあと、職場のトラブルだったと説明したこともあった。そしてマフラー。
ツーリングは彼女に会う為、早く床につくのは連絡を取り合う為、夫婦の営みは体裁を保つ為――
疑念が妄想を膨らませ、安っぽい不倫劇が仕上がっていく。その劇の裏で、私はうたた寝をしながら夫のマフラーを編んでいる、ばかみたいに。

沸々と怒りが込み上げてくる。胸がむかむかする。

先を歩く義父が手を差し伸べ、私はその手に引かれて歩いた。温かな手が、私の冷たい手を包み込んでいた。
義父は何も言わずに少し前を歩き、私は俯いて歩いた。
親と手を繋いだ記憶がない。振り払われてばかりいた私の手。今なら目を閉じていても歩ける。冷えきった心が、その温もりで落ち着きを取り戻していく。
考えすぎかも知れない。二次会の誘いに来て、ふざけただけかも知れない。
きっとそうよ……

「奈津美さん、星がきれいだよ」

「……ほんとだ、たくさん見えますね」

「今夜は楽しかった」

「えぇ、私も」



一人の不在が家を広く感じさせる。四人で保たれていた空間が三人になり、今夜は二人。
私は先に風呂に入り、冷えた身体を温めた。一人になるとまた、悪い想像に心が傾いていく。眠れなくなりそうだ。

髪を乾かしてリビングに行くと、義父はソファーでくつろぎながらバーボンを飲んでいた。久しぶりに家で酒を飲んでいる。バーを早く出てしまい、物足りなかったのだろう。

「奈津美さん、ワインがあるよ」

「いただきます」

少し飲んだ方が眠れると思った私は、義父がついでくれたワインをゆっくりと味わった。

「疲れただろう。無理しないでやすんでいいよ」

「はい」

暫くして眠気を感じた私は、この機会を逃すまいと、義父におやすみを言って二階に上がった。



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