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ドアの隙間
第4章 頭と心と身体
「……」

「奈津美さん」

「……」

「ホットケーキが、焦げてしまった」

「は?」

「これ」

義父は手にしたフライパンを差し出し、黒焦げになった丸い物体を見せた。

「あの、これはなんですか?」

「だからホットケーキだよ」

焦っているその顔が情けない。

「ぷっ、あははは……」

「初めて作ってみたんだけど、ごめん」

「キッチンを見るのが怖いです、あははは」

肩を落とし、すごすごと戻っていく義父の背中に駆け寄り、抱きついてしまう自分がみえる。
気まずかった気分が軽くなり、私は黒焦げのホットケーキに感謝した。

「あ~ぁ、やっぱり…」

流し台付近は粉にまみれ、お皿には黄身がつぶれた目玉焼きがのっていた。

「トーストにすればよかったな」

「お義父さん」

「はい」

「もう二度と、一人でキッチンに立たないでください」

「はい」

「私がいる時だけにしてください」

「わかりました。お約束します」

「あははは……」

私達は笑いながらキッチンを片付け、つぶれた目玉焼き、トースト、コーヒーで空腹を満たした。私はテーブルの真ん中に、黒焦げのホットケーキを飾り、笑いを誘った。

義父の優しい笑顔が好きだ。寂しい思いをしてほしくない。

「お義父さん、今夜またあのバーに連れて行ってくれませんか?」

「いいけど、大丈夫?」

「今度はゆっくりしたいんです」

「わかった。これを焦がしたお詫びをしよう」

「高くつきますよ。」

「そんなに?」

「はい」

「そうか、家を売らなきゃいけないかな」

「それ位です。ふふっ」

「奈津美さんの為なら、家を売ることなんて何でもないさ」

「ありがとうございます」

洗濯物を干し、掃除をする間、義父は食器を洗ってくれた。
義母がいる時には見なかった義父の姿が微笑ましく、私は義母の仏壇に手を合わせて報告した。

「お義母さん、お義父さんがホットケーキを焦がしました。今、お皿を洗っています。……お義母さん、昨日……ごめんなさい。」

義母への後ろめたさが募った。


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