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ドアの隙間
第5章 女の影
義父は真面目な顔で私を笑顔にしてくれたが、夫はまったく聞いていないようで、忙しく食事を済ませ、慌てて出勤した。

「なんだあいつ、この頃やけに慌てて出て行くな」

義父がぽつりと言った。

身支度を整え、義父が靴を履く。無性に甘えたい。そっと抱きしめて欲しい。 髪を撫でてくれるだけでいい。

「じゃあ、いってくるよ奈津美さん」

「いってらっしゃい、お義父さん」

義父は頷いて家を後にした。
悲しかった。どうして触れてくれないのかと、そして、私はいったい何を求めているのかと。

夫は女にあの下着を返し、叱ってくれるだろう。家庭を守る為、関係を終わらせてくれるだろう。あんな女に夫が本気になるわけがない、若いだけじゃないの、一夜の気まぐれよ。
下着を突き返す事で、私は相手の挑発を、余裕をもってかわせた。義父のお陰で、醜く騒ぎ立てず、効果的にやり返す事が出来た。
気を取り直した私は家の片付けを済ませ、職場へと向かった。




「奈津美さん、おはよう」

静香が声をかけてきた。

「おはようございます」

「あの、この前見た事、秘密にして」

両手を合わせて懇願してくる。

「あぁ、びっくりしました。まさか店長と……」

「黙っててごめんね」

「やめた方がいいんじゃないですか?」

「まあ、そうよね、不倫だし。その、私、離婚してから初めての男なの。久しぶりなのよ。お互いに楽しんでいるだけ……ヤるだけの関係よ」

「やるだけ?」

下品な言い方が嫌だった。

「うふふ。店長って結構凄いの」

「ふうーん」

二人が絡み合っている姿を想像するだけで気持ち悪かった。だが、人の事をとやかく言える自分ではなかった。

「わかりました。黙ってます」

「ありがとう。 あ、あの時一緒にいた男性、お父さんなの?」

「主人の父です」

「素敵な人ね。よかったら今度紹介してくれない? 奥さんを亡くしたんでしょ? ぜひ癒してあげたいわ」

「機会があれば」

「きっとよ」

絶対に紹介しない。心の中で答えた。

私に気付いた店長は気まずそうな顔をしてはいたが、普段通りの態度にほっとしているようだった。
二人の事などどうでもよかった。


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