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ドアの隙間
第7章 見えてきたもの
「お義父さん、もう私に触れないでください」

急に肩が軽くなり、寒くなった。

「君の本心が知りたい。私は奈津美さんの事を……」

「やめてください」

苦しい、胸が張り裂けそうだ。
耐えきれずに背を向けて俯くと、義母がいない部屋で、うなだれていた義父の姿が心に浮かんだ。

「お義父さん、いつかまた、家族、親戚、みんなでここで集う日がきますよ、自然に……」

「……君はどうなんだ」

「……」

「私は君の事が……」

「あ、そうだお義父さん、明日から簡単なお料理を教えてあげますね」

私は立ち上がって義父に笑顔を向けた。

「お義父さんって、ご飯炊いた事もないんですから大変ですよ」

義父は何も言わなかった。私はいそいそとテーブルの上の湯飲みを片付けた。形ばかりの夕食をすませ、義父と一緒に食器を洗った。
一人にしてはいけない人を、一人にしてしまう。 今、私達は、同じ事を思っているのかもしれない。


我が家の騒動は義兄家族の知るところとなり、私に気を使ったのか、新年を迎えても、誰もこの家を訪ねて来ることはなかった。静かで寂しい年明けだった。
私は身の回りを整理し始め、義父はそれを黙って見ていた。
想いは口に出さず、笑顔以外は目を逸らす。そうして時が過ぎるのを待った。

「奈津美さん、ご飯が炊けたよ」

「しばらく蒸らしてから、軽く混ぜてください」

「お任せください」

「洗濯物は早めに取り込まないと駄目ですよ」

「はい」

「朝、天気予報を確認してくださいね。午後から雨になることがありますから」

「そういえばあれは……」

「あれって?」

「ほら、悟史が忘年会から持って帰ってきてたヒモのような赤い下着」

「それが何か」

「いや、イタズラした奴らにちゃんと返したのかなと思って」

「お義父さん、何を今さら」

こういうビンぼけな所が義父には確かにある。同居したての頃、義母の私はよく顔を見合わせて笑ったものだ。

「ん?……あ、そうかそうか、あれはそういう……、ごめん」

決まり悪そうに頭を掻く義父に「忘れた方がいい事を急に思い出すんですね。先が思いやられます」と言って苦笑してみせた。

「忘れた方がいい事なんてないよ。なに一つ忘れないさ」

義父は小さく呟きながら胡座をかいて、洗濯物をたたんでいる。たたむのはとても上手くなった。

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