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ドアの隙間
第7章 見えてきたもの
この家で迎える最後の朝。休みで家にいる義父の側で、朝の片付けと洗濯を済ませた。

「奈津美さん、これ、私が使ってもいいかな?」

見ると、捨てるつもりでソファーに掛けていた悟史のマフラーを、義父が手にしていた。

「でもお義父さん、それは悟史さんのために…」

「捨てるつもりなんだろう? せっかくの手作りを」

「……」

「君が編んでるのを私は見ていたんだよ。眠ながら編んでた」

「……でも」

「捨てるなら私が使わせてもらうよ」

義父はさっそく首に巻いた。

「似合うだろう?」

「ふふっ、えぇ、凄く似合ってます」

「ありがとう」

優しいその笑顔にもう会えない。私は家中を見渡し、幸せだった五年の日々を思った。
義母が亡くなり、悟史が出て行き、今、私が去ってゆく。一人になってしまう義父の事を思うと切なくて胸が苦しい。
悟史はきっも戻って来るだろう。父親になり、子供と母になった妻連れて。
私の痕跡を少しも残さないようここを出て行こう。

「お義父さん、引っ越し屋さんが来ました」

「……そうか」

義父はソファーに座って新聞を読んでいる。

「ゴミ出しの日を忘れないようにしてくださいね」

「うん」

「火の始末と戸締まりも」

「うん」

「飲み過ぎちゃだめですよ」

「わかってる。」

「回覧板は裏のお宅に……」

「奈津美さん」

「お年寄りなので何度も呼鈴を鳴らしてあげてください、あ、町内会費も」

「君が必要だ」

「それから置き薬は……」

「奈津美……」

義父が立ち上がって私を抱きしめた。大好きな人の匂いがする。

泣かない 、泣かない 、泣かない……

インターホンが鳴った。

「お義父さん、いきますね」

「すまない」

「鍵はここに置いて行きます」

段ボールが運ばれていく間、私は義母に手を合わせ、お別れをした。
お義母さん、お義父さんをお願いします。それから、新しい命を見守ってくださいね。

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