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ドアの隙間
第8章 ひとり
夏休みに入り、本を求める親子連れが目立つようになった。 幼児向け知育の本や童話が並んだコーナーには、低い楕円形のテーブルと椅子が置かれ、親子で本を楽しめるようになっている。
音の出る本、飛び出す絵本、パズルや間違い探しゲームなど、遊びを交えて本に親しめるようにとの店長の考えだった。

その日私は少し離れた場所で、ファッション誌の補充をしていた。

「これ読んで」

見ると3、4才の女の子が絵本を手に私を見上げている。

「読んでって……、私が?」

「うん」

「えぇっと……あなたのママは?」

「ママはね、忙しいの」

女の子が振り向いた先には、母親らしき人が子ども服の本を立ち読みしている。妊婦だった。

「奈津美さん、読んであげて」

店長が近づいてきた。

「あの、私、本を読んであげた事なんてないんです」

「でも字は読めるよね」

「はぁ……」

「彼女待ってるよ。大丈夫さ、あなたにに読んでもらいたいんだよ。補充は由貴ちゃんにやってもらうから」

小さな椅子に腰掛けると、女の子が隣の椅子に並んで座った。

「よ、読みますよ」

「うん」

テーブルの上で本を開くと、女の子が身を乗り出してくる。綿菓子のような香りがした。

「みにくいあひるの子」

ゆっくりと読み進める私の声に聞き入っている彼女は、真剣に本を見つめている。白鳥になって飛び立つまでのストーリーを最後まで読み終えると、絵本を覗く子どもが3人に増えていた。

「なおちゃんにも読んで」

なおちゃんという女の子が違う本をテーブルにのせた。

「ちょっとあの、私ね、上手に読めないのよ、ごめんね」

周りに助けを求めたが、由貴は笑ってそっぽを向き知らん顔を決め込んでいる。 由貴に隠れてこちらを見ていた男の子が、私と目が合った瞬間また隠れた。

「ねぇねぇ 読んで」

なおちゃんに急かされ、仕方なくその本を受け取った。

「三びきのこぶた」

さっきの女の子より小さいなおちゃんは、ごそごそと私の膝に乗ってきた。くるりと巻いたくせっ毛髪が頬をくすぐり、小さな身体の弾力が太腿に心地よい。
いつの間にか、由貴に隠れていた男の子が隣に来て本を覗いている。私は腹を決め、彼ら以上に真剣に本を見つめた。



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