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ドアの隙間
第2章 夏の夜
客足が減る昼の休憩時間に事務所でお茶を飲んでいると、店長が入ってきて私の向かい側に座った。

「奈津美ちゃん、子どもはまだかい?」

下の名前で呼ばれて鳥肌が立つ。

「はぁ」

「まだ若いし、これからかな?」

「まぁ、そうですね」

「旦那さんはお疲れかな?」

「いえ、元気です」

「困った事があったら相談にのるよ」

「何もありませんので大丈夫です。あ、そろそろ交代の時間なので失礼します」

「あぁ、よろしく頼むよ」

店長は立ち上がってドアを開け、出ていく私の背中を軽くさすってからドアを閉めた。
いつもの会話だったが今日は触ってきたので気味が悪い。これからは事務所で涼むのはやめたほうがよさそうだ。

私は子どもを望んでいない。生まれた時から父親はいなかったし、母からは邪魔にされていた。その母は男を追いかけて出て行ったきり、帰って来なかった。
小学校3年生の時だ。預かってくれた親戚の家でも、可愛がられた記憶がない。そんな私が子どもを持つなんて、考えられない事だった。

悟史は子どもが嫌いだから、私達は結婚しても子どもは作らないということをよく話し合った。そして私は婦人科に行き、女性用の避妊具を装着してもらっている。
子どもは要らなくても、温かな家族にあこがれていた私は、悟史の両親と知り合ううち、大切にしようと心から思えた。

二人は優しかった。それは、5年経った今も変わらない。この暖かい家庭を大切にしていきたい。心からそう思っていた。


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