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ドアの隙間
第8章 ひとり
「どうかしら。ふふっ、今も迷子だったりして」

「じゃあ、私が一緒にママを捜してあげますよ」

由貴が笑った。

「ありがとう」

たくの感触が手に残っていた。絶対に振り払われてはいけない手。

育児書コーナーで、妊婦や赤ん坊を抱いた女性を見かけると、どうしてもミカを思い出す。悟史は父親になっただろうか。 義父はかわいい孫に目を細めているだろうか。
そっと様子を見に行ってみようか。いや、それより、どうして義父はここに会いに来てはくれないのだろう。
二度と会わないと決め、電話番号も変えた私が、今は自分勝手に義父を恨んだ。

会いたい
会いに来て
それとももう私の事なんて……

様々な事が浮かんでは消える。寂しがり屋の義父が、いつまでもひとりで耐えられるだろうか。誰かを紹介してもらったかも知れない。まさかどこかで静香と出会って……、それとも同居したミカと……

あり得ないと打ち消しながらも、見えない不安に惑わされる。なんの約束も交わさないままの別れ。そうだ、終わったのだ。それを私が望んだ。




「奈津美さん、帰りに何処かでゴハン食べて帰りませんか?」

「いいわね、お給料入ったし」

「やった! じゃあラーメンは?」

「久しぶりに食べたいな」

「じゃあ、あとで」

由貴は気がついていないだろう。彼女の明るさは、これまで何度も私を闇から救った。孤独や切なさが胸に溜まり、そこからどす黒い妬みが生まれそうな時、慕うように見つめてくる由貴の瞳と笑顔は私を何度も立ち直らせた。
笑っていても、暗い顔でも、時間は同じように過ぎていく。それならば………
空には星が瞬いていた。

「由貴ちゃん、いつもありがとう」

食事を済ませた帰り道、私は由貴に礼を言った。

「えっ、私何かしましたか?」

「いつも助けて貰ってるから」

「そんな事ないですよ。私の方が勝手に奈津美さんにまとわりついているんですから」

「そんな事ないわ」

「でも内心、ウザいと思ってるんじゃないですか?」

「え? そ、そ、そんな事……ないわ」

「あーっ、奈津美さんたら、わざとらしい言い方」

「う、う、ウザいなんて、ち、ちっとも思ってないわよ」

「いいですよ、もう」

ぷくっと膨らんだほっぺがすぐに笑顔に変わる。

「あははは……」

夏が過ぎ、秋の気配が頬を掠めていった。




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