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ドアの隙間
第9章 ふたり
この人は何を口走っているのか。
私はぽかんと口をあけ、書類を捲っている職員を見つめた。

「えっ?」
「えっ?」

夫と同時に声を発した。

「ご説明させていただきます」

彼は事務的に話し始めた。

「現在の民法735条によりますと、……直系姻族の間では、婚姻をすることができない。728条又は817条の九の規定により姻族関係が終了した後も、同様とする。となっておりまして…」

わけが分からない。いったい何を言っているのだ。

「簡単にご説明致しますと、結婚されて親子関係になると直系姻族になります。離婚すれば姻族関係は当然無くなります」

彼は私の方を見て更に続けた。

「あなたと夫は配偶者の関係ではなくなり、あなたと義理のお父様との間の姻族関係も無くなりますから。あなたと義理のお父様との結婚もできることになりますが……」

「それがなぜ駄目なんです。血縁関係ではないんですよ」

夫が言った。

「はい、おそらく立法者が、倫理上適当ではないと考えたことによる規定だと思われます」

「そんな……」

「倫理上適当ではない、か……法律が変わらなければどうあがいても無理だと……」

「残念ながら、私どもにはどうにも……」



どうやって外に出たのか覚えていない。
黙ってぼんやりと、彼に手を引かれて歩いていた。

明るく賑やかな街中の喧騒も聴こえず、店先に並んだポインセチアも、クリスマスツリーも、サンタクロースも、灰色の冷たい壁でしかなかった。

夫はどこに向かって歩いているのだろうか。問い掛ける言葉さえ闇に吸い込まれていく。

夫がこちらを向いた。

「すまない」

「えっ?」

「君にはすまない事をした」

「どうして……」

「私のせいで……、私が犯したとんでもない過ちのせいで、君の未来を汚してしまった」

彼は肩を落とし、拳を握りしめていた。

「最初から間違いだったんだ。当たり前だ、まともじゃない。なんて馬鹿な事を仕出かしてしまったんだ……どう考えても異常だ……」

「ちょっと待ってください。どうしてそんな事を言うんです」

「奈津美……」

「洋さん、歩きましょう」

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