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たとえそこに、愛がなくとも
第4章 両サイドからの誘惑


「ねえ、あんたのこと、名前で呼んでもいい?」

「え……」

「桃さん」

「……っ!ま、まだ許可してないのに……」

「じゃあダメなの?」

「別に、そういうわけでもないけど……」

先ほどまで照れていた彼が嘘のように、どんどん私に畳み掛けてくる。だめだ、心臓に悪い。また年下なんかにドキドキさせられている。悔しい。

「あんたは、俺のこと名前で呼んでくれないんすか?」

「それは、その……」

「呼んでほしい」

彼は私の顔を覗き込み、子犬が甘えような目で私におねだりする。

「……樹、くん?」

「……っ。なにこれ、思ったより嬉しい」

「それは……よかったです」

「ふっ、なんでたまに敬語になるんすか?」

「樹くんだって、たまに敬語崩すでしょ?それの逆バージョンなの」

「いやいや、逆バージョンとかないっすよ。桃さんって、結構天然っすよね」

「別に、天然なわけじゃ」

「可愛いっすよ、そういうとこ。だから好き」

もう、またそうやって私をキュンとさせて……。

「ねえ、あんたも早く俺に堕ちてよ」

そんなこと言われなくたって、本当は、もう半分くらい堕ちかけている。彼のことを、好きになりそうなのはわかってる。

でも、私は、類さんと身体の関係にあって

それに、類さんのことをまだ気にしていて……。

どうしてこう、めんどくさいことになっちゃったのかな。

すべては、類さんと再会してしまったことが面倒ごとのはじまりだ。

彼に再会なんてしなければ、脅されなければ……。

そう思う傍ら、叶うはずのない彼に好意を抱いてしまっていることを、完全には恨みきれないのだ。




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