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君と甘い鳥籠で
第1章 1
 こんなに何度も呼んでいるのにグレーテは姿を表さない。逃げられた現実を突き付けられるのが怖かった。
 恐る恐る布団に手を掛け、祈りながらそっと捲り上げる。
「グレーテ……」
 暗がりの中にあってなお淡く金色に光る柔らかな髪。それを見たハンスの口から安堵のため息が漏れた。
「良かった……」
 緊張していた身体から力が抜け、ベッドの脇に座り込む。更に大きく布団を捲って確かめると、グレーテは涙の跡も明らかに、ちいさな身体を丸めて眠りに落ちていた。

 僕が、泣かせた?

 足枷を付け鎖で繋いでしまった事を改めて悔い、ハンスは立ち上がって部屋を出た。玄関まで荷物を取りに戻る。いつも持ち歩いている鞄の底から足枷の鍵を取り出そうとして、今更ながら室内が真っ暗な事に気が付いた。手探りで鍵を探し出すとハンスは暖炉の前へ急ぎ、手早く火を起こす。
 燃え上がる炎に照らされ、心まで穏やかになる様だった。
 ランプにその火を移してハンスは自分の部屋へと向かった。入り口に立つとランプの灯りに細い鎖がその火を反射してキラキラと輝く。

 鎖はこんなに細いのに、グレーテは逃げずに僕のベッドに居てくれた。
 それは、つまり……

 涙の跡を見た時は確かに反省した筈なのに、ハンスの口元は喜びの笑みに型どられていた。

 柔らかなモノが触れて来る。それは温かく少し湿っていて、グレーテの記憶の奥を騒がせる。蕩けそうに甘い心地良さと、何かを思い出す事への恐怖を伴って……

 あ……ぃや……
 だ、め……

 甘い痺れにグレーテは身体を震わせて目を覚ました。
「あ、よかった。ただいま」
 すぐ後ろから聞こえた優しい兄の声にまたびくんと震えて。お腹に回されていた腕に力が入り、グレーテは後ろから包み込むようにハンスに抱き締められていた。
「お、お帰り」
 驚きと戸惑いと、苦しいほどの喜びと。グレーテの心臓はハンスを意識した途端、大きく跳ねて早回りし始めた。身動きも取れない程密着した背中に重なるハンスの身体が熱い。
「に、兄さん?」
 戸惑いがちに声を掛けると
「うん?」
 少し低めの甘いテノールが返ってくる。その吐息を首筋に感じてクラクラする。
「な、何で兄さんが一緒に寝てるの?」
「何でって……ここ、僕のベッドだけど?」
「……」
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